存在のない子供達 Capernaum 2018年レバノン

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貧困世帯で戸籍もなく学校にもいけない行政上「存在しない」子どもたちの視点からみえる世界の話。
主人公はじめ、似た境遇の市井の人を起用し、場面の状況を話し自由に動いてもらって後から一番良い場面だけを繋げていったのだそう。
確かにドキュメンタリーのような作りなのに、主要人物たちの表情の引力が強くて目が離せない。
特に主役の男の子ゼインのまなざしの強さ、表情からみえる孤独感ややるせなさ、憤りがなんとも魅力的で引き込まれる。
ストーリーは、今この世界のあちこちで起きているであろう子どもたちへの虐待、育児放棄、児童婚、不法移民、不法就労、違法労働、薬物、不衛生な環境と厳しい状況が話の展開とともにぼんぼん飛んでくる。
どういう状況にも必死にその時出来ることをやろうとする少年の姿に心を打たれる。

ゼインは、自分の親を訴える。
育てられないのなら無責任に子どもを産まないで欲しい、自分は毎日地獄にいる、と。
親も自分たちがいかに大変か、なぜ子供に訴えられるなんていう仕打ちにあうのかと嘆くのだけど…
いかんともしがたい。
みているこちらは当然、大人に憤る。
けれども、この映画の子供たち同様に
頑張ってみたところでどうにもならない場合があるのも身に染みて知ってしまっている。
監督はこの世界の状況を変えるために、多くの人に現状を知らせる手段として映画を選択している。
知った私たちには何ができるのだろう。

レバノンに限らず足元をみると自分だけではどうにもできない社会や人がここかしこに存在する。
世界について絶望だの最悪だのいうことは容易い。
けれども、みていて漠然と思ったのは、今できることは大人として身近な子どもたちになにがしかの「希望」をみせる努力をすることかなと思う。ゼインは「地獄」や「絶望」の狭間からもその時の最善を尽くし、無意識に今の状況を打破しようと行動している。その一つが親を訴えることでもあった。
人が生きていこうとする姿は力強く美しいものなんだなと改めて思う。
重く苦しい現実を描きながら、映画として物語の力を魅せた監督の手腕も素晴らしい。ラストのゼインの笑顔が秀逸。
あの笑顔が日々自然にでてくる日常になることを願ってやまない。